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<title>　天使のフゲッタ　　 イコール式音楽研究所</title>
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<description>バッハは「平均律クラヴィーア曲集」の中に24の全調を網羅するために、移調した曲も含めて編纂しました。
イコール式は、このことをふまえて音楽を正しく理解する道を開く方法です。
イコール式はハ長調とイ短調に限定した記譜法です

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 <title>　天使のフゲッタ　　 イコール式音楽研究所</title>
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<item rdf:about="http://www.equal-shiki.com/archives/50686600.html">
<title>富田庸の日本講演</title>
<link>http://www.equal-shiki.com/archives/50686600.html</link>
<description>富田庸を迎えて「バッハの自筆譜からわれわれは何を学べるか。演奏者と研究者の永遠の課題」と題する講演が日本で行われました。
（2008年10月28日、於国立音楽大学 6号館）

今回は日本音楽学会の最後を飾るパネリストの一人として、英国より来られた機会をとらえて国立...</description>
<dc:creator>fughetta</dc:creator>
<dc:date>2008-11-24T17:47:36+09:00</dc:date>
<dc:subject></dc:subject>
<content:encoded><![CDATA[富田庸を迎えて「バッハの自筆譜からわれわれは何を学べるか。演奏者と研究者の永遠の課題」と題する講演が日本で行われました。<br>
（2008年10月28日、於国立音楽大学 6号館）<br>
<br>
今回は日本音楽学会の最後を飾るパネリストの一人として、英国より来られた機会をとらえて国立音楽大学音楽研究所で講演が行われたものです。<br>
<br>
<a target="_blank" href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AF%8C%E7%94%B0%E5%BA%B8">富田庸</a>は現在英国クィーンズ大学教授。<br>
バッハ平均律クラヴィーア曲集第２巻（ヘンレ版）の校訂者として世界の注目を集めている人です。<br>
<br>
講演会には礒山雅、江端伸昭、加藤一郎、渡邊順生の他に、お名前とお顔が一致しないけれども多分専門の研究者と思しき方が多数おいでになっていました。<br>
<br>
富田庸は、学生たちに向かって「食べ物をスプーンで口に入れてもらうのですか」と問いかけられ、自発的な発言や質問を促されました。<br>
しかし、学生たちは余りに偉い先生を前にして発言する勇気が出ない様子でした。<br>
日本の学生気質かもしれませんね。<br>
<br>
学生に代わって、専門の研究者たちの方から活発な質問が飛び交い、高度な議論になりました。<br>
<br>
<br>
当日の講演内容から自筆譜に学ぶバッハの意図について２点だけご紹介しましょう。<br>
富田庸のパソコンから会場のスクリーンにバッハの自筆譜が映し出され、参加者はそれを見ながらお話の内容を実際に確認することができました。<br>
<br>
**************************************<br>
<br>
１）平均律第２巻　g:Moll プレリュード、　第３小節、バスの最後の音[Es]のリズム的位置について<br>
<br>
バッハの自筆譜はソプラノの32分音譜とバスの16分音譜を縦に揃えて書いてあり、バスの音[Es]を複付点のリズムでソプラノと揃えて弾くことを示唆している。<br>
当時は複付点という書き方が無かったので、このリズムをフィナーレやシベリウスで入力すると、バスの音が間に入ってしまう。<br>
新バッハ全集もバスの音が間に入っており、間違って弾き易い楽譜になっているが、富田庸校訂版はこれを正確に記譜した。<br>
<br>
<br>
２）平均律第１巻　h:Moll フーガ　第17小節後半から始まる美しいエピソードの連桁について<br>
<br>
バッハの自筆譜では、エピソード部分だけ８分音符が２連桁に変わっている。これは２連桁ごとに和音が変化することをバッハが示唆している。<br>
新バッハ全集もヘンレ版も（第１巻は富田庸の校訂ではない）エピソード部分まで４連桁のまま書いているがバッハは２連桁に変えている。<br>
<br>
****************************************<br>
<br>
富田庸は連桁のことを、盛んにビーム（beam)と言われました。<br>
外国生活が長くなられたせいか、ビームの日本語訳をお忘れのようで、参加者が補うという場面もありました。<br>
このビームは講演会後の食事会の時まで、ちょっとした流行語になっていました。<br>
<br>
<br>
筆者は今回、講演会と食事会の他に、富田庸と個人的にお会いしました。<br>
氏が筆者の出版譜 <a target="_blank" href="http://blog.livedoor.jp/equal_shiki/">「イコール式　バッハ平均律クラヴィーア曲集」</a>　に興味を持ってくださったことから直接お話することになったものです。<br>
<br>
氏は、時々資料と照らし合わせながら「イコール式　バッハ平均律クラヴィーア曲集」を英国で全曲お弾きになったそうです。<br>
そして、氏から「出版譜として世界で初めての功績」とのお言葉をいただきました。<br>
また、いろいろなお話の中から大変貴重なことを学ばせていただき感謝しております。<br>
]]>
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</item>
<item rdf:about="http://www.equal-shiki.com/archives/50660006.html">
<title>長～い曲</title>
<link>http://www.equal-shiki.com/archives/50660006.html</link>
<description>演奏時間が長い曲は沢山ありますが、曲の最後まで聴くことができないほど長い曲があります。

演奏時間の長い曲をWikipediaから引用すると、
639年・・・  ケージ「ASLSP」336年・・・ シュトックハウゼン「３３６年」102年・・・ ノールハイム「Poly-Poly」5年・・・  小...</description>
<dc:creator>fughetta</dc:creator>
<dc:date>2008-10-06T08:23:20+09:00</dc:date>
<dc:subject></dc:subject>
<content:encoded><![CDATA[演奏時間が長い曲は沢山ありますが、曲の最後まで聴くことができないほど長い曲があります。<br>
<br>
演奏時間の長い曲をWikipediaから引用すると、<br>
<br>639年・・・  ケージ「ASLSP」<br>336年・・・ シュトックハウゼン「３３６年」<br>102年・・・ ノールハイム「Poly-Poly」<br>5年・・・  小杉武久「革命のための音楽」<br>12日・・・ ヤング「12日間のブルース」<br>28時間・・・ シュトックハウゼンのオペラ「光」<br>18時間・・・ サティー「ヴェクサシオン」<br>15時間・・・ ワーグナー「ニーベルングの指輪」<br>
<br>
<br>
演奏に18時間かかるサティーの曲は約40年前に、日本の大御所、湯浅譲二らによって実際に日本でも演奏されました。<br>
<br>
演奏に最長の639年かかる曲はアメリカの作曲家ジョン・ケージ（1912生）が作曲した「出来る限りゆっくり」というオルガン曲の意図を汲んで、ケージの死後にジョン・ケージ・オルガンプロジェクトが企画し、現在演奏進行中です。<br>
<br>
ケージの曲はドイツの教会で2001年9月に演奏が開始されました。<br>
約5年後の2006年１月に最初のコードから２番目のコードに移り、このコードは数年間鳴り響くことになります。<br>
オルガンは新たな音の必要に応じてパイプを継ぎ足していく方法で<br>
演奏されます。<br>
639という数字はこの教会のオルガンが設置された1361年から演奏開始の2001年までの年数から考えられました。<br>
<br>
<a target="_blank" href="http://x51.org/x/06/01/0603.php">ジョン・ケージ「出来る限りゆっくり」オルガンプロジェクト</a><br>
<br>
プロジェクトは「変化の早い現代社会における平静と緩慢な時の流れの再発見」といったコンセプトを語っているそうです。<br>
639年は我々の時間概念からすると、とてつもなく長い曲ですが、宇宙的な時間から考えるとほんの一瞬かもしれません。<br>
天地創造から今日までを考えるだけでも無限大の時間ですし、更に神様が天地創造の前に何をしておられたのかと考えると、気が遠くなる程の時間です。<br>
<br>
プロジェクトが語るコンセプトはあくまで、我々が認知できる時間の上に立って述べられています。<br>
時間や空間という概念が全く異次元では、639年という時間も、緩慢な時の流れではなく、長くも短くもない時間なのかもしれません。<br>
<br>
私は<a target="_blank" href="http://blog.livedoor.jp/equal_shiki">イコール式バッハ平均律クラヴィーア曲集</a><br>
にも、空間と時間を超えた異次元の永遠を感じます。<br>
「平均律クラヴィーア曲集」には時間もリズムもない永遠のハーモニー、宇宙の調和があります。<br>
<br>
そして、バッハの時間やリズムは、モーツァルトのそれとは全く異質です。<br>
誤解を恐れずに言うならば、バッハにはリズムが無く、モーツァルトにはリズムがあると言った方が分り易いかもしれません。<br>
<br>
]]>
</content:encoded>
</item>
<item rdf:about="http://www.equal-shiki.com/archives/50657327.html">
<title>異名同音</title>
<link>http://www.equal-shiki.com/archives/50657327.html</link>
<description>異名同音について考えてみます。

質問：「嬰ト」と「変イ」は同じ音ですか？


答え１：鍵盤楽器では同じ鍵盤、異名同音です。


答え２：ヴァイオリンでは異なる音、「嬰ト」は「変イ」より低い音です。





質問：「ハー嬰ト」と「ハー変イ」はどちらが美...</description>
<dc:creator>fughetta</dc:creator>
<dc:date>2008-09-30T09:46:19+09:00</dc:date>
<dc:subject></dc:subject>
<content:encoded><![CDATA[異名同音について考えてみます。<br>
<br>
質問：「嬰ト」と「変イ」は同じ音ですか？<br>
<br>
<br>
答え１：鍵盤楽器では同じ鍵盤、異名同音です。<br>
<br>
<br>
答え２：ヴァイオリンでは異なる音、「嬰ト」は「変イ」より低い音です。<br>
<br>
<br>
<br>
<br>
<br>
質問：「ハー嬰ト」と「ハー変イ」はどちらが美しい響きですか？<br>
<br>
<br>
答え１：鍵盤楽器ではどちらも同じ鍵盤、同じ響きです。<br>
<br>
<br>
答え２：ヴァイオリンでは異なる響き、「ハー嬰ト」は減５度なので不協和音程、「ハー変イ」は短６度なので協和音程です。<br>
<br>
<br>
<br>
<br>
２つの質問から明らかになること、それはヴァイオリンにはできることが鍵盤楽器にはできないということです。<br>
鍵盤楽器は演奏中に音程を微調整できないので、異なる２つの音を一つの鍵盤で間に合わせるしかないという宿命を負っています。<br>
異名同音とは「嬰ト」でもなく「変イ」でもない、妥協の音です。<br>
<br>
<br>
どのみち、帯に短したすきに長しの異名同音で切り抜けるしかない鍵盤楽器は、試行錯誤を経て、今では１オクターヴを機械的に12等分した平均律が君臨するに至りました。<br>
<br>
<br>
平均律の鍵盤楽器は、どの音程も半音の数の和でしかなく、金太郎飴です。<br>
従ってどの調で弾いても金太郎飴です。<br>
<br>
平均律の鍵盤楽器で弾く限りは、「バッハ平均律クラヴィーア曲集」を難しい調で演奏しても金太郎飴ですから、音階組織や和音の響きに何の変化もありません。<br>
<br>
調を変えるとピッチの変化が起こっているだけなのですが、これを調性格が変わったと勘違いする人も少なくないようです。<br>
<br>
<br>
音楽を正しく理解するためにも、ハ長調とイ短調に移調して弾いてみてはいかがでしょうか？<br>
<a target="_blank" href="http://blog.livedoor.jp/equal_shiki">イコール式バッハ平均律クラヴィーア曲集</a><br>
]]>
</content:encoded>
</item>
<item rdf:about="http://www.equal-shiki.com/archives/50656471.html">
<title>暗譜</title>
<link>http://www.equal-shiki.com/archives/50656471.html</link>
<description>もし、暗譜の不安を吹き飛ばす方法があれば、よく眠れますか？


ハ長調とイ短調に移調した楽譜を使われるのはいかがでしょう。


《　音楽を正しく理解しながら暗譜を100％保証する方法　》

「高い」で検索すると色々な意味の「高い」が表示されます。

同じよう...</description>
<dc:creator>fughetta</dc:creator>
<dc:date>2008-09-28T23:10:31+09:00</dc:date>
<dc:subject>移調</dc:subject>
<content:encoded><![CDATA[もし、暗譜の不安を吹き飛ばす方法があれば、よく眠れますか？<br>
<br>
<br>
ハ長調とイ短調に移調した楽譜を使われるのはいかがでしょう。<br>
<br>
<br>
《　音楽を正しく理解しながら暗譜を100％保証する方法　》<br>
<br>
「高い」で検索すると色々な意味の「高い」が表示されます。<br>
<br>
同じように、ピアノで「ドレミ」と弾くと色々な意味の「ドレミ」があります。<br>
<br>
調によって、「ドレミ」の意味が違ってきます。<br>
<br>
<br>
もし、「ドレミ」の意味が一つしかなかったら迷わないでしょう。<br>
<br>
そうすれば、暗譜の不安も吹き飛びます。<br>
<br>
<a target="_blank" href="http://blog.livedoor.jp/equal_shiki">イコール式バッハ平均律クラヴィーア曲集</a><br>
全曲をハ長調とイ短調に移調しました。<br>
<br>
<br>
<br>
<br>
<br>
<br>
<br>
<br>
]]>
</content:encoded>
</item>
<item rdf:about="http://www.equal-shiki.com/archives/50636426.html">
<title>モーツァルトの父の著書「ヴァイオリン教程」</title>
<link>http://www.equal-shiki.com/archives/50636426.html</link>
<description>レオポルト・モーツァルトは天才モーツアルトの父で、ザルツブルグ大司教宮廷副楽長を務め、ヴァイオリンや鍵盤楽器を教えていました。

彼は1756年、つまり天才モーツァルトが第７子として生まれた年に「ヴァイオリン教程」を著しました。

この著作はクヴァンツ、C.P.E...</description>
<dc:creator>fughetta</dc:creator>
<dc:date>2008-08-27T22:25:13+09:00</dc:date>
<dc:subject></dc:subject>
<content:encoded><![CDATA[レオポルト・モーツァルトは天才モーツアルトの父で、ザルツブルグ大司教宮廷副楽長を務め、ヴァイオリンや鍵盤楽器を教えていました。<br>
<br>
彼は1756年、つまり天才モーツァルトが第７子として生まれた年に「ヴァイオリン教程」を著しました。<br>
<br>
この著作はクヴァンツ、C.P.E バッハの著作を並んで18世紀の典型的なヴァイオリン奏法を示すものとして高く評価されています。<br>
<br>
この「ヴァイオリン教程」の中から、音律について書かれている部分を引用します。<br>
<br>
＜クラヴィーアでは、変イと嬰ト、変ニと嬰ハ、変トと嬰へなどは同音であるが、それはTemperatur（調整）のせいである。<br>
<br>
しかし、正しい音程比によると、♭によって低められた音はすべて、＃によって高められた音よりも１コンマ高い。<br>
<br>
つまり、たとえば変イは嬰トより、変ニは嬰ハより、変トは嬰ヘなどより高いのである。<br>
<br>
ここでは良い耳が裁判官でなければならない。<br>
もちろん初心者なら音程測定器の操作を教えてやるのもよいことであろう＞<br>
<br>
この著書の中で、変イと嬰トは正しい音程比から言うと高さが異なり、変イは嬰トより高いと教えています。<br>
<br>
そして、最初の行でクラヴィーアでは変イと嬰トが同音、つまり同じ鍵盤であることをはっきりと指摘しています。<br>
<br>
これに少し解説を加えると、ヴァイオリンは指で押さえる位置を微妙に変えることによって、変イと嬰トを異なる音として弾き分けることができますが、鍵盤楽器はこの２音が同じ鍵盤なので弾き分けることができません。<br>
<br>
鍵盤楽器は片方を正しい音程比にすると、もう片方は非常に極端な音程比にならざるを得ないという不便な楽器です。<br>
そのための妥協案として考案されたのが、どっちつかずの、どちらも正しくない音程に調整する方法です。<br>
<br>
もし、鍵盤楽器で正しい音程比を追及しようとするならば、１オクターヴ内に12個<br>
以上の鍵盤が必要です。<br>
実際、1オクターヴに21個もの鍵盤がある純正調オルガンが製作されましたが、演奏困難なため普及することはありませんでした。<br>
<br>
鍵盤楽器の調整法は、古典音律の時代を経て、19世紀も半ばを過ぎる頃になると、12等分平均律が台頭してきました。これは1オクターヴを12個の等しい半音に分割する合理的な方法で、現在殆んどの鍵盤楽器に採用されています。<br>
<br>
現在の12等分平均律の鍵盤楽器は半音しか無いので、どこを取っても等しい音程、どこから始めても等しい音階、何調で弾いても等しい調性格です。<br>
それにも関わらず、鍵盤楽器に調性格があるという妄想を抱いている人が少なからずいます。それには、主に２つの理由が考えられます。<br>
<br>
まず第一は、ピッチの違いと調性格の違いを混同していることです。<br>
12等分平均律ではピッチを上げ下げしても、音楽が平行移動するだけなので、音程関係は変わりません。<br>
音程関係が変わったときにはじめて、調性格が変わるのですから、それは不等分音律においてしか起こらないことです。<br>
<br>
第二は楽譜の調号に固定観念を抱いていることです。<br>
それは楽譜の中に存在しているだけです。<br>
楽譜は楽譜であって、単なる記号に過ぎず、音楽ではないのです。<br>
音響としての調性格を存在せしめるためには、不等分音律の鍵盤楽器で弾かなくてはならないはずです。<br>
しかし、多くのピアニストが平均律の鍵盤楽器を弾いています。<br>
<br>
12等分平均律は無理数ですから、厳密にいえば等分ではないという理屈も言えないことはありませんが、その誤差をもって調性格とは言えないでしょう。<br>
]]>
</content:encoded>
</item>
<item rdf:about="http://www.equal-shiki.com/archives/50609916.html">
<title>鍵盤楽器の調性格</title>
<link>http://www.equal-shiki.com/archives/50609916.html</link>
<description>音楽理論家たちの平均律についての見解をケレタート著「音律について」から引用してみましょう。

ミツラー：「平均律を前提とすれば、ただ高さによってのみ識別される12の調種には、２つの調性、長調と短調。即ちこの概念はむしろ旋法と捉えることができる」

アードゥ...</description>
<dc:creator>fughetta</dc:creator>
<dc:date>2008-08-14T21:59:53+09:00</dc:date>
<dc:subject></dc:subject>
<content:encoded><![CDATA[音楽理論家たちの平均律についての見解をケレタート著「音律について」から引用してみましょう。<br>
<br>
ミツラー：「平均律を前提とすれば、ただ高さによってのみ識別される12の調種には、２つの調性、長調と短調。即ちこの概念はむしろ旋法と捉えることができる」<br>
<br>
アードゥルング：「平均律を選択した人には・・・調性格の本質では無い音高の違いを除けば、12の各長調には何の違いも感じられない。12の各短調も同じである。しかし、不均等音律を採用した人は、すぐに音程の大きさの違いに気付くであろう。私たちは調性の数だけ異なる性格について論じることが出来る」<br>
<br>
キルンベルガー：「平均律によって実際何も得られないばかりでなく、非常に多くのものを失った。平均律は作曲家に長調にするか短調にするかの選択肢しか残さない」<br>
<br>
ヘルムホルツ：「すべての半音が音階全体を通じて同じ大きさであり、すべての音が同じ音色を持っているときには、異なる調性の作品が異なる性格をを持つはずであると言う見解に対する根拠を示せない」<br>
<br>
上記の理論家は平均律に調性格が無いと主調していますが、一方でドレーヴィスとリーペルは楽器によっては調性格の違いがあると主調しました。<br>
例えばヴァイオリンの開放弦ではト長調、二長調、イ長調、ホ長調が示され、これらシャープ系の調性は「明るく、爽やかに、きりっと引き締まって聴こえる」がフラット系の調性は「霞がかかったように、くぐもった響き」に聴こえるというのです。<br>
<br>
結論としては、楽器を鍵盤楽器に限定して考えれば調性格が無いと言えるのではないでしょうか。<br>
]]>
</content:encoded>
</item>
<item rdf:about="http://www.equal-shiki.com/archives/50189665.html">
<title>マッテゾンの調性格</title>
<link>http://www.equal-shiki.com/archives/50189665.html</link>
<description>調性格についてバッハの時代ほど広く論議されたことはありませんでした。バッハと同世代のマッテゾンはその代表です。彼は各調性に違いがあることを認め、最初の大著「新管弦楽法（1713年）」の「アフェクトの表出における音楽の性質と働きについて」という項目のもとに調性...</description>
<dc:creator>fughetta</dc:creator>
<dc:date>2008-07-24T22:28:31+09:00</dc:date>
<dc:subject>調性格</dc:subject>
<content:encoded><![CDATA[調性格についてバッハの時代ほど広く論議されたことはありませんでした。バッハと同世代のマッテゾンはその代表です。彼は各調性に違いがあることを認め、最初の大著「新管弦楽法（1713年）」の「アフェクトの表出における音楽の性質と働きについて」という項目のもとに調性格を扱っています。マッテゾンによると<br>
<br>
ハ長調・・荒削りで大胆、喜びを発散できる調<br>
ト長調・・人を引き付ける雄弁な性格、輝き、真面目なものにも活発なもにも似合う<br>
ニ長調・・鋭く我侭な調整、陽気で好戦的、元気を鼓舞する<br>
イ長調・・輝かしいが攻撃的、悲痛な情緒、ヴァイオリンに合う<br>
ホ長調・・死ぬほど辛い悲嘆、心身ともに引き裂かれた宿命的な別れ<br>
ロ長調・・厄介で無慈悲で不愉快、絶望的、あまり頻繁には使われない<br>
嬰ヘ長調・主調としては稀にしか使用されないためまだ効果はよく知られていない<br>
・・・<br>
・・・<br>
24全調の調性格を書くことはあまり意味がないので止めておきましょう。<br>
なぜなら調性格というものは、同じ調でも音楽理論家あるいは作曲家の感じ方によってまちまちだからです。その上、調性格を論じる際の音律の種類によってもまた違ってきますので絶対的なことを言うことはできないからです。<br>
<br>
例えば「平均律クラヴィーア曲集」の中のホ長調で考えて見ましょう。<br>
１巻９番ホ長調プレリュードは幸福な牧歌的情緒、フーガは熱烈な青春の喜びが音の奔流となって躍動しています。<br>
２巻９番ホ長調プレリュードは穏やかな淡い光に満ちており、フーガはパレストリーナ様式の厳かな宗教合唱です。<br>
同一作曲家、同一音律で作曲されたホ長調のはずなのに、その調性格は牧歌的、青春の喜び、穏やか、宗教合唱と全く一致していません。<br>
<br>
一方、マッテゾンはホ長調を「死ぬほど辛い悲嘆」と述べており、「平均律クラヴィーア曲集」のホ長調のどれとも一致しません。もっとも、マッテゾンが述べたホ長調はミーントーン音律に基づいています。ミーントーンのホ長調は属和音（ロー嬰ニー嬰ヘ）がマッテゾンの言葉もなるほどと思われるほどに狂って響きます。<br>
<br>
バッハ平均律クラヴィーア曲集の場合は24すべての調に適合する音律でなければならないのでミーントーン音律でないことは確かです。<br>
それにしても、バッハ「平均律クラヴィーア曲集」の中のホ長調はマッテゾンのホ長調と相反するほどの調性格の違いがあります。<br>
<br>
このように、どんな調もそれ自体ではその逆を作曲し得ないほど悲しかったり楽しかったりする事はありません。不等分音律には沢山の音律があることを前提としてもなお調性格は主観的で不確実なものでしかありません。調性格として客観的に言えることは長調と短調、２つの異なる性格が存在することだけです。<br>
<br>
これらを考慮した上で、<a target="_blank" href="http://blog.livedoor.jp/equal_shiki">イコール式バッハ平均律クラヴィーア曲集</a><br>
はハ長調とイ短調という２つの旋法に限定して移調しました。<br>
客観的な調性格の上からはこの２つの調があれば十分だからです。<br>
<br>
バッハは「平均律クラヴィーア曲集」の編纂にあたって、初期稿をしばしば移調ました。移調によって曲想がガラリと変わってしまうなら、バッハが移調するはずがありません。バッハがの24種類の調性格を確立するために「平均律クラヴィーア曲集」を編纂したとは考え難いことです。<br>
<br>
バッハは史上初めて24すべての調を網羅した曲集を｢平均律クラヴィーア曲集」として編纂しました。そこで今までに無かった調が初めて登場しましたが、新たな性格が加わったのではありません。<br>
<br>
また、興味深いことにマッテゾンさえも「新管弦楽法」で発表した自分の調性格論を晩年になって取り下げています。<br>
<br>
多少なりとも調による性格の違いが存在した不等分音律の時代においてさえも客観的に実証しうる調性格というものは無かったと考えるのが妥当です。<br>
ましてや現在は12等分平均律になっているのですからどの調も同一の音階構造を持ちます。移調しても音階構造は変わらず、音の高さが変わるだけです。<br>
弦楽器など音程を自分で作る楽器は調性格の違いを表現することができますが、1オクターブが12個の等しい半音に固定されている鍵盤楽器では、どの調も調性格は同一です。つまり調性格は存在しません。<br>
<br>
12等分平均律では調性格という問題が純粋に精神的なもの、作曲者と演奏者に架空の世界として存在するものとなりました。<br>
12等分平均律は客観的に実証しうる調性格が存在せず、作曲家には長調にするか短調にするかという選択肢しか残されていないのです。<br>
<br>
またホ長調という音の高さも、時代によって違いがあったことを考えると平均律の鍵盤楽器調における調の存在価値が危ういものになってきます。<br>
<br>
イコール式はこれらのことを考慮した上で、ハ長調とイ短調２つの調だけで鍵盤音楽を記譜することにしました。<br>
まずハ長調とイ短調で音楽の正しい理解への道を開き<br>
、基礎を固めてから他の調に移調することをお勧めしています。<br>
始めから元の調で固定ド読みするのは音楽の正しい理解を妨げるものです。<br>
<iframe src="http://rcm-jp.amazon.co.jp/e/cm?t=fughetta03-22&o=9&p=8&l=as1&asins=4760968237&md=1X69VDGQCMF7Z30FM082&fc1=000000&IS2=1&lt1=_blank&m=amazon&lc1=0000FF&bc1=000000&bg1=FFFFFF&f=ifr" style="width:120px;height:240px;" scrolling="no" marginwidth="0" marginheight="0" frameborder="0"></iframe>]]>
</content:encoded>
</item>
<item rdf:about="http://www.equal-shiki.com/archives/50600971.html">
<title>ストラヴィンスキー</title>
<link>http://www.equal-shiki.com/archives/50600971.html</link>
<description>＞筝の調律に関して、アメリカの音楽評論家ピーター・イェーツは、ストラヴィンスキーの逸話を次のように伝えている。
「ある晩、わたしは、この国（アメリカ）へ最近やってきた日本の音楽家の筝の演奏を聴くために、ストラヴィンスキーと何人かを家に招いた。演奏家は、平...</description>
<dc:creator>fughetta</dc:creator>
<dc:date>2008-07-13T11:29:13+09:00</dc:date>
<dc:subject></dc:subject>
<content:encoded><![CDATA[＞筝の調律に関して、アメリカの音楽評論家ピーター・イェーツは、ストラヴィンスキーの逸話を次のように伝えている。<br>
「ある晩、わたしは、この国（アメリカ）へ最近やってきた日本の音楽家の筝の演奏を聴くために、ストラヴィンスキーと何人かを家に招いた。演奏家は、平均律で調律された筝のための現代作品を選んで演奏を始めた。そのあと、同じ調律で古典曲が演奏されたのを聴いて、ストラヴィンスキーは調律が楽器に合っていないと異議を唱えた。ストラヴィンスキーはこの楽器に関する過去の経験もなく、正しい音程による音律も知らなかったが、彼の鋭敏な耳はただちに、この筝奏者が気付かずに何かを忘れているということを、また、筝と音律とは一体であるということを教えてくれたのである」　（「響きの考古学」藤枝守　著）<br>
<br>
この逸話の「筝」は平均律で調律されていたため、最初に演奏した現代作品では何の問題もなかったのですが、古典曲の演奏になると調律が適切でないことがストラヴィンスキーによって指摘されました。<br>
つまり、筝の古典曲は三分損益法で作曲されたものなので、現代曲と同じ平均律で演奏すると、本来の曲想が得られないという至極当たり前の話です。<br>
<br>
今度は、この逸話の「筝」を「ピアノ」に置き換えて是非もう一度お読みください。<br>
「筝」の逸話はたぶん誰にでもご納得いただけると思いますが、「ピアノ」に置き換えるとどうでしょうか。<br>
<br>
ピアノの場合の古典曲とは平均律が一般的になってきた1850年以前に作曲された曲すべてを指します。<br>
多くのピアニストが、バッハやモーツァルトといった古典曲を演奏する時、それらが平均律では作曲されていないということを忘れています。<br>
<br>
ピアノの調律が平均律に移行したは音楽の内面的な理由と外面的な理由によります。それは調性の崩壊を経て12音セリーに向かった内面的な理由と、産業革命後にピアノの大量生産時代が始まったという外面的な理由からです。<br>
従って平均律で作曲されたものは近代以降と現代の作品ということになります。<br>
<br>
ストラヴィンスキーのように鋭敏な耳を持たない現代のピアニストは、古典曲を平均律で弾くことにあまり抵抗を感じません。<br>
また、多くのピアニストが平均律で弾いても調性格があるという妄想を信じています。<br>
バッハの弟子であったキルンベルガーは「平均律は作曲家に長調にするか、短調にするかの選択しか残さない」と述べました。<br>
調性格は平均律になる前の非平均律で演奏した時に生じるものであると言うことを忘れて調性格妄想に取り付かれているピアニストが多いのです。<br>
<br>
弦楽器など、自分で音程を調整しながら演奏する楽器の奏者は調性格があると言えますが、平均律に固定された鍵盤楽器の奏者にとって調性格は存在しません。<br>
平均律が数学的に割り切れない無理数であることから、今日まで完璧な平均律が存在せず、調律師のさじ加減で調律されることも事実ですが、さじ加減が調性格になることは有り得ません。<br>
<br>
]]>
</content:encoded>
</item>
<item rdf:about="http://www.equal-shiki.com/archives/50599398.html">
<title>クラヴァールスクリーボ</title>
<link>http://www.equal-shiki.com/archives/50599398.html</link>
<description>クラヴァールスクリーボと言われてもそのスペルと意味が想像できないのは当たり前です。何故ならこれはエスペラント語だからです。
クラヴァールスクリーボとはオランダ人のポトが創成した鍵盤楽器記譜法の名前です。
1951年にユネスコ国際音楽評議会に提出して世界の批評...</description>
<dc:creator>fughetta</dc:creator>
<dc:date>2008-07-07T10:41:53+09:00</dc:date>
<dc:subject></dc:subject>
<content:encoded><![CDATA[クラヴァールスクリーボと言われてもそのスペルと意味が想像できないのは当たり前です。何故ならこれはエスペラント語だからです。<br>
クラヴァールスクリーボとはオランダ人のポトが創成した鍵盤楽器記譜法の名前です。<br>
1951年にユネスコ国際音楽評議会に提出して世界の批評を求めたものです。<br>
<br>
その記譜法とはどんなものか、それは丁度オルゴールの発音部にある金属ロールと思っていただければ結構です。金属ロールの沢山の突起が音符、突起ではじかれて発音する櫛が鍵盤にあたります。<br>
従来の五線記譜法は横に読みますが、クラヴァールスクリーボは金属ロールのように縦に書かれています。<br>
<br>
譜表は従来の五線を縦にしたものとは意味が全く異なり、それは視覚的に鍵盤を表した５線です。<br>
すなわち縦に引かれた五線は等間隔ではなく、丁度鍵盤の黒鍵の２本と少し間を開けて黒鍵の３本の間隔になっています。<br>
<br>
従来の五線記譜法ではＧ＃が「線」の音符であれば異名同音のＡ♭は「間」に書きまが、黒鍵五線譜では両方とも同じ黒鍵を表す「線」の上に書くので＃♭は必要ありません。<br>
しかも親切に黒鍵線上の音符は黒く塗りつぶされており、弾くべき鍵盤がピアノの黒いキーであることまで表しています。楽譜がピアノの鍵盤を視覚的真似た形で無調的に表わされています。<br>
<br>
ここでは黒い音符は黒鍵を白い音符は白鍵を弾くこと表し、音価は音符間の距離だけで示されます。<br>
<br>
クラヴァールスクリーボは鍵盤の配列に似せて記譜する方法です。例えばシェーンベルクのピアノ曲のように、すべての音符にいちいち＃♭をつけて記譜しなければならないような場合にクラヴァールスクリーボは合理的に弾くべき音を表すのに好都合です。<br>
しかしその合理性も１オクターヴ12個の鍵盤までで、微分音の記譜まではできません。<br>
<br>
クラヴァールスクリーボが多数出版されたというわりには、長年ピアノ教育に携わってきた中で一度も出合うことがありませんでした。あまり普及しなかったのは、楽譜を縦に読むという習慣がこれまでになかったからではないでしょうか。英語のアルファベットを一文字づつ縦に書かれると読む気がしません。<br>
<br>
新しい視覚的な鍵盤楽器記譜法として登場した記譜法でしたが、時代は電子音楽や偶然性の音楽でありそれを記譜することには無理があります。<br>
現代音楽の記譜法は作曲家が、独自の読譜ルールを説明書きするという図形楽譜の方向に進み、一定の記譜法が未だ見出されていません。<br>
21世紀の記譜法を提案します。、<a target="_blank" href="http://blog.livedoor.jp/equal_shiki">イコール式バッハ平均律クラヴィーア曲集</a><br>
]]>
</content:encoded>
</item>
<item rdf:about="http://www.equal-shiki.com/archives/50591964.html">
<title>ピッチ性調性</title>
<link>http://www.equal-shiki.com/archives/50591964.html</link>
<description>バッハ平均律クラヴィーア曲集の第3番は＃が７個もついた嬰ハ長調です。
嬰ハ長調は当時非常に珍しい調でしたので、バッハは平均律クラヴィーア曲集の中でしか使っていません。
この曲を半音ばかり低いピッチに調律してある12平均律の鍵盤楽器で演奏して、それを聴いたとし...</description>
<dc:creator>fughetta</dc:creator>
<dc:date>2008-06-26T22:21:15+09:00</dc:date>
<dc:subject></dc:subject>
<content:encoded><![CDATA[バッハ平均律クラヴィーア曲集の第3番は＃が７個もついた嬰ハ長調です。<br>
嬰ハ長調は当時非常に珍しい調でしたので、バッハは平均律クラヴィーア曲集の中でしか使っていません。<br>
この曲を半音ばかり低いピッチに調律してある12平均律の鍵盤楽器で演奏して、それを聴いたとしましょう。<br>
<br>
絶対音感者は「ハ長調に聴こえる」と言います。<br>
絶対音感者が「ハ長調に聴こえる」と言うのは、主音のピッチがＣ音であるからそれをハ長調と言うのです。つまり主音のピッチが半音下がっても音楽自体に変化は無く、全体が半音ほど平行行移動したのです。<br>
従って、絶対音感者は主音のピッチの高さに当てはめて○長調、○短調と言います。しかし、本来調性は主音のピッチで決定されるものでしょうか。<br>
<br>
調性とは不等分音律において存在することが可能となるものです。<br>
調性とは12等分平均律が普及し始めた1850年以降の鍵盤楽器には存在し得ないものです。音程を微妙に調整しながら12等分平均律に固定されることなく演奏出来る弦、管、声楽は別ですが、音程が12等分に固定されている鍵盤楽器には実態としての調性が存在しません。現在の鍵盤楽器の世界では調性というものが有名無実です。<br>
<br>
不等分音律は半音の幅が不均等でした。それ故にハ長調の主和音と嬰ハ長調の主和音は明らかに響きが異なりました。調ごとに異なる音階構造が異なる和音の響きとなって調性格を形成しました。調性とはハ長調の音階構造と嬰ハ長調の音階構造が異なることであって、ピッチとは無縁なものです。<br>
<br>
バッハの時代は現代より約半音低いピッチで演奏されていたと言われています。<br>
すると、バッハは嬰ハ長調の曲を絶対音感者がいうハ長調のピッチで聴いていた事になります。現在で言うピッチはハ長調でも、バッハの時代には嬰ハ長調でした。<br>
<br>
絶対音感という概念は1850年以降、12平均律の台頭に伴ってでき上がってきたものですから、絶対音感者は最初から12平均律しか頭にありません。だから絶対音感者の言う「調性」は「ピッチ性」に他なりません。<br>
<br>
また絶対音感者がよく言う「気持ち悪い」という言葉も、12平均律においては音楽そのものが気持ち悪く変化するわけがありません。それは単にいつも聴いている嬰ハ長調のピッチと違うという意味に過ぎません。それほどまでに絶対音感者はピッチと調性を切り離しがたく感じています。<br>
<br>
ピッチは元々、歌手が歌い易い高さに設定したもので、そこには何の基準もありませんでした。そのうち、町ごとに色々なピッチが存在するようになり、やがて世界的にＡ音＝440ヘルツという標準ピッチが定められました。現在は更に標準ピッチが上昇傾向にあります。こうなると何が絶対なピッチなのか、何が絶対な音感なのか混沌としてきます。<br>
<br>
音楽をよく知らない人達が絶対音感をプロ音楽家のパスポートのように崇める傾向がありますが、実は音楽の本質とは無縁の人間周波数測定器に過ぎないのです。絶対音感という神話から目覚め、楽士的な行為から早く脱却して本当のプロの道を目指したいものです。]]>
</content:encoded>
</item>
<item rdf:about="http://www.equal-shiki.com/archives/50545068.html">
<title>調性格　＃＃＃　嬰へ短調</title>
<link>http://www.equal-shiki.com/archives/50545068.html</link>
<description>嬰へ短調の調性格に対しては殆んどの調性格論者がひどく暗いイメージで捉えているようです。

マッテゾン・・・ひどい憂鬱、死に至るものとして偏愛された
シューバルト・・暗い調性、その言葉は悪意であり不満
シュテファニー・悲劇的と思わせる耳をつんざくような響き...</description>
<dc:creator>fughetta</dc:creator>
<dc:date>2008-05-06T15:58:48+09:00</dc:date>
<dc:subject></dc:subject>
<content:encoded><![CDATA[嬰へ短調の調性格に対しては殆んどの調性格論者がひどく暗いイメージで捉えているようです。<br>
<br>
マッテゾン・・・ひどい憂鬱、死に至るものとして偏愛された<br>
シューバルト・・暗い調性、その言葉は悪意であり不満<br>
シュテファニー・悲劇的と思わせる耳をつんざくような響き<br>
リューティー・・（モーツァルトに関して）陰気で悲劇的な瞬間<br>
<br>
（ケレタート『音律について（下巻）』竹内ふみ子訳、シンフォニア発行、1999年<br>
P.136参照）<br>
<br>
これらの調性格はバッハの時代に一般的だった中全音律などの不等分音律で演奏した場合の嬰へ短調の性格です。<br>
不等分音律は調によって音階構造が違うので調性格が存在しました。<br>
<br>
ところが現在の鍵盤楽器はほぼ100％が12等分平均律ですから、すべての調の音階構造が全く同じです。音階構造が全く同じであれば調性格も同じです。<br>
<br>
調性格が皆同じで画一的ということは、言い換えると、平均律には調性格が存在しないということになります。平均律で演奏する場合（それは今日ではほぼ100％ですが）、嬰へ短調を他の調で演奏しても調性格は全く変化を受けません。<br>
<br>
バッハの平均律クラヴィーア曲集全48曲をハ長調とイ短調に移調した<br>
世界で初めての試み<br>
<a target="_blank" href="http://blog.livedoor.jp/equal_shiki">イコール式バッハ平均律クラヴィーア曲集</a><br>
<br>
ではここで「バッハ平均律クラヴィーア曲集」の中の嬰へ短調を見てみましょう。<br>
<br>
１巻No.14　嬰へ短調はプレリュードが悲哀感というよりは厳粛な気分に満ちた２声のフゲッタ、フーガは苦悩を背負ったような重々しい主題が言い知れぬ深い楽想を表しています。<br>
<br>
２巻No.14　嬰へ短調のプレリュードは静穏な伴奏にのって高貴でニュアンスに富んだメロディーが奏でられる曲集中屈指の傑作です。フーガはプレリュードと対照的に感情よりも知的な愉楽が高度化された本格的な３重フーガで、厳粛さの内にも大人の華やかさが感じられます。<br>
<br>
「バッハ平均律クラヴィーア曲集」の中の嬰へ短調を調べると、調性格論者が述べたところのひどく暗いイメージと一致するものを探すとすれば、それは１巻のフーガだけが当てはまると言えます。その他の嬰へ短調は厳粛、静穏、大人の華やかさといったイメージで暗さは感じられません。<br>
<br>
バッハは今日の平均律に非常に近い音律を用いることによって24すべての調を踏破することに成功しました。その前にフィッシャーが成し遂げた20の調を超える音楽史上初の快挙でした。<br>
<br>
バッハが24すべての調を聴くに堪えるように自らの手で調律し終えた時、もはやそこには調性格と言えるほど調ごとの違いが存在しないことをバッハ自身が一番よく知っていたのではないでしょうか。<br>
<br>
その証拠として一例をあげましょう。<br>
それはバッハの手による移調です。<br>
バッハは平均律クラヴィーア曲集第２巻No17のフーガ（As-Dur)を、ヘ長調の初期稿（Praeludium und Fughetta F-Dur BWV 901)のFughettaから短3度上の変イ長調に移調して平均律クラヴィーア曲集に収められました。（全音ベーレンライター版P.326<br>
参照）<br>
<br>
もしバッハの音律が、ヘ長調と変イ長調の間に調性格上の大きな違いがあるものならば、バッハはこのように離れた調に移調することを考えたでしょうか。曲の性格がガラリと変わってしまうような移調をしたでしょうか？<br>
この他にもバッハが移調した例としては、ハ長調初稿から嬰ハ長調に、ニ長調初稿から変ホ長調になどがあります。（全音ベーレンライター版　P.352、P.354 参照）<br>
<br>
現在の私たちはバッハ独自の音律より更に調性格が均一になった12等分音律で演奏しています。私たちのピアノにおいて調性格は実態の無いものになっているにもかかわらず、調性格が存在するかのように惑わされないようにしたいものです。<br>
嬰へ短調の調号を消してイ短調で弾く方が音楽を正しく理解することができます。<br>
固定ド読みで嬰へ短調の曲を読んで、それを鍵盤に移し変えるだけの演奏では音楽の正しい理解はできません。<br>
<br>
<br>
<br>
]]>
</content:encoded>
</item>
<item rdf:about="http://www.equal-shiki.com/archives/50541304.html">
<title>調性格　＃＃＃＃＃＃　嬰ヘ長調</title>
<link>http://www.equal-shiki.com/archives/50541304.html</link>
<description>嬰へ長調の調性格　　　ケレタート著「音律について」


＃悪いイメージのもの
・マッテゾン・・・・稀にしか使用されないためまだ効果はよく知られていない

・ハイニヒェン・・・全く使用できないもの

フォーグラー・・・ロ長調よりも一層ひどく耳をつんざくよう...</description>
<dc:creator>fughetta</dc:creator>
<dc:date>2008-05-03T21:28:35+09:00</dc:date>
<dc:subject>調性格</dc:subject>
<content:encoded><![CDATA[嬰へ長調の調性格　　　ケレタート著「音律について」<br>
<br>
<br>
＃悪いイメージのもの<br>
・マッテゾン・・・・稀にしか使用されないためまだ効果はよく知られていない<br>
<br>
・ハイニヒェン・・・全く使用できないもの<br>
<br>
フォーグラー・・・ロ長調よりも一層ひどく耳をつんざくような<br>
<br>
<br>
＃良いイメージのもの<br>
・クラーマー・・・・高貴な誇りと崇高な誇りとが素晴しく混合された調整であり、聴く者を感嘆させる<br>
<br>
・シューバルト・・・嬰ヘ長調ではなく、変ト長調の特徴を困難の克服、上り終えた丘の上での開放された呼吸にもたとえられる調性である<br>
<br>
・シリング・・・・・嬰ヘ長調は変ト長調より一層明るく、鋭い調性でより強い情熱の表現に適している<br>
<br>
<br>
＃不明のもの<br>
・ミース・・・・・・嬰ヘ長調は非常に多様である。変ト長調にもまた不変の性格は見つからない<br>
<br>
・マルクス・・・・・この調性はエンハーモニック（両義的）な使用によって、不確実、疑わしいものに限定して使われる<br>
<br>
<br>
嬰ヘ長調については悪いイメージものも、良いイメージのもの、不明のものが混在しており、共通するの調性格が見ありません。<br>
<br>
これらのイメージは不等分音律で演奏した時の感じ方を記したものです。今日私たちが使用している平均律で演奏するとすべての調が同じ音階構造のため、調による違いが存在しません。<br>
<br>
＃が沢山ついた嬰へ長調もフラットのついた調もすべてが同じ調性格＝調性格が無いのです。<br>
それならば調号の無いハ長調とイ短調に移調する方が合理的ではありませんか。<br>
それだけではありません。何調でも固定ド読みする従来の方法よりも、ハ長調とイ短調は音楽の正しい理解への道を開くのです。<br>
イコール式バッハ平均律クラヴィーア曲集は全48曲をハ長調とイ短調に移調しました。<a target="_blank" href="http://blog.livedoor.jp/equal_shiki">イコール式</a><br>
<br>
<br>
<a href="http://image.blog.livedoor.jp/fughetta/imgs/7/0/704dae2c.jpg" target="_blank"><img src="http://image.blog.livedoor.jp/fughetta/imgs/7/0/704dae2c-s.jpg" width="160" height="220" border="0" alt="イコール式チラシ" hspace="5" class="pict" align="left" /></a><br>
<br>
<br>
バッハ平均律クラヴィーア曲集における嬰ヘ長調を見てみましょう。<br>
<br>
１巻No.13嬰ヘ長調のプレリュードは軽く揺れ動くそよ風のような芳香を漂わせる２声プレアンブルム。続くフーガはピロードのように柔らかく美しい響きの中に浸っており、明るく愛らしく心ゆくまで音楽を楽しんでいるようです。<br>
<br>
２巻No.13嬰ヘ長調は付点のリズムが一貫して流れるフランス序曲風のプレリュードは優雅な中に熱烈な張りをもっている。フーガは導音上のトリルで開始するという意気盛んなテーマと優美で親しみやすいガヴォット風の間奏をもつ円熟した対位書法です。<br>
<br>
バッハ平均律クラヴィーア曲集に見られる嬰ヘ長調は優美、楽しさといった明るいイメージです。<br>
しかし、これは嬰ヘ長調で演奏することによって明るいイメージになるのではありません。音楽自体が明るい曲想を持つのです。<br>
]]>
</content:encoded>
</item>
<item rdf:about="http://www.equal-shiki.com/archives/50539616.html">
<title>調性格　♭♭♭♭　ヘ短調</title>
<link>http://www.equal-shiki.com/archives/50539616.html</link>
<description>ケレタート著「音律について」

マッテゾン・・・深く重苦しい
シューバルト・・悲痛なうめき声
シリング・・・・永遠の旅立ちの予感
リューティー・・魂の崩壊
シュテファニー・闇、ひどい苦痛
リーマン・・・・最も陰鬱な調性
ベッカー・・・・測り知れない深い悲...</description>
<dc:creator>fughetta</dc:creator>
<dc:date>2008-04-30T11:05:11+09:00</dc:date>
<dc:subject>平均律クラヴィーア曲集</dc:subject>
<content:encoded><![CDATA[ケレタート著「音律について」<br>
<br>
マッテゾン・・・深く重苦しい<br>
シューバルト・・悲痛なうめき声<br>
シリング・・・・永遠の旅立ちの予感<br>
リューティー・・魂の崩壊<br>
シュテファニー・闇、ひどい苦痛<br>
リーマン・・・・最も陰鬱な調性<br>
ベッカー・・・・測り知れない深い悲しみ<br>
<br>
へ短調は中全音律では多くの極端な響きの和音と、純正な属和音を持ちます。暗い、憂鬱といった一定の調性格が感じられます。<br>
調性格をもつ中全音律が一般的に使用されていたのは18世紀末まででした。<br>
現在使われている平均律においてはすべての短調が同じ響きです。従って、ヘ短調が特に暗く憂鬱な響きをもつことはありません。<br>
<a href="http://image.blog.livedoor.jp/fughetta/imgs/7/0/704dae2c.jpg" target="_blank"><img src="http://image.blog.livedoor.jp/fughetta/imgs/7/0/704dae2c-s.jpg" width="160" height="220" border="0" alt="イコール式チラシ" hspace="5" class="pict" align="left" /></a><br>
<br>
イ短調に移調した「バッハ平均律クラヴィーア曲集」<br>
<a target="_blank" href="http://blog.livedoor.jp/equal_shiki">イコール式</a><br>
<br>
<br>
<br>
バッハ平均律クラヴィーア曲集におけるヘ短調をみてみましょう。<br>
第１巻No.12　ヘ短調は内省的な思索を思わせる円熟した悲歌と、痛ましいうねりを描くフーガのテーマです。<br>
第２巻No.12　ヘ短調はため息の動機が独特の悲哀感を漂わせるプレリュードと、ユーモアと緊張を交えて屈託無く動く舞曲風のフーガです。<br>
http://ml.naxos.jp/default.asp]]>
</content:encoded>
</item>
<item rdf:about="http://www.equal-shiki.com/archives/50539111.html">
<title>調性格　♭　ヘ長調</title>
<link>http://www.equal-shiki.com/archives/50539111.html</link>
<description>

ケレタート著「音律について」
ヘ長調の調性格

マッテゾン・・・世界で最も美しい感情
シリング・・・・心底からの最も神聖な平安
フォーグラー・・非常に静か
クラーマー・・・柔和な品位
マルクス・・・・穏やかで優しい感受性
ベック・・・・・深化した自然...</description>
<dc:creator>fughetta</dc:creator>
<dc:date>2008-04-29T21:59:29+09:00</dc:date>
<dc:subject>調性格</dc:subject>
<content:encoded><![CDATA[<a href="http://image.blog.livedoor.jp/fughetta/imgs/7/0/704dae2c.jpg" target="_blank"><img src="http://image.blog.livedoor.jp/fughetta/imgs/7/0/704dae2c-s.jpg" width="160" height="220" border="0" alt="イコール式チラシ" hspace="5" class="pict" align="left" /></a><br>
<br>
ケレタート著「音律について」<br>
ヘ長調の調性格<br>
<br>
マッテゾン・・・世界で最も美しい感情<br>
シリング・・・・心底からの最も神聖な平安<br>
フォーグラー・・非常に静か<br>
クラーマー・・・柔和な品位<br>
マルクス・・・・穏やかで優しい感受性<br>
ベック・・・・・深化した自然感覚<br>
リューティー・・（モーツァルトに関して）穏やかな気分<br>
シンドラー・・・（ベートーベンに関して）田舎の平穏<br>
<br>
これらはバッハの時代に一般的であった不等分音律でもって演奏した場合に感じられる調性格です。<br>
今日一般的に使用されている平均律ではすべての調が等しい音階組織を持つので、調性格は存在しません。<br>
従って平均律においてはヘ長調をいかなる調に移調して演奏しても、その音楽の構造は変化を全く受けません。<br>
ハ長調とイ短調に移調したバッハ平均律クラヴィーア曲集<br>
<a target="_blank" href="http://blog.livedoor.jp/equal_shiki">イコール式</a><br>
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今度はバッハ「平均律クラヴィーア曲集」の中にあるヘ長調を見てみましょう。<br>
「平均律クラヴィーア曲集」第１巻No.11ヘ長調は優美な可愛い性格の２声インヴェンションと楽しげなパスピエ風のフーガです。<br>
２巻No.11ヘ長調は平穏で柔和なプレリュードと活気に満ちたジーグ風のフーガです。<br>
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「平均律クラヴィーア曲集」の中のヘ長調を見ると、不等分音律の調性格論者たちが言う「穏やかで神聖な平安」と一致するのは２巻のプレリュードのみです。その他の曲は「穏やか」というよりはもっと可愛く、楽しく活気に満ちたものです。<br>
バッハは「平均律クラヴィーア曲集」を作曲し演奏する際に、24すべての調が極端な響きを発生しないように調律しました。このことは「すべての長３度を純正より広く取る」とバッハ自身が述べたことからも理解できるように、今日の平均律に近い音律であったことが想像できます。<br>
従って平均律と同じように「平均律クラヴィーア曲集」には調性格が殆んど存在しないとも言えるでしょう。<br>
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<item rdf:about="http://www.equal-shiki.com/archives/50537820.html">
<title>調性格　＃　ホ短調</title>
<link>http://www.equal-shiki.com/archives/50537820.html</link>
<description>ケレタート著「音律について」

＃ホ短調を明るい調として捉えているもの
シューバルト・・・純真無垢、無邪気な愛の告白

＃ホ短調を暗い調として捉えているもの
マッテゾン・・・・重く垂れ込めた滅入るような気分
シューバルト・・・ぼやきの無い嘆き、
シリング...</description>
<dc:creator>fughetta</dc:creator>
<dc:date>2008-04-28T13:59:27+09:00</dc:date>
<dc:subject>調性格</dc:subject>
<content:encoded><![CDATA[ケレタート著「音律について」<br>
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＃ホ短調を明るい調として捉えているもの<br>
シューバルト・・・純真無垢、無邪気な愛の告白<br>
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＃ホ短調を暗い調として捉えているもの<br>
マッテゾン・・・・重く垂れ込めた滅入るような気分<br>
シューバルト・・・ぼやきの無い嘆き、<br>
シリング・・・・・助けることができないと言う力不足にたいする悩み、絶望<br>
ロッホリッツ・・・軽く嘆くように、冷たい、無気力、<br>
シュテファニー・・秋のように色あせて生気がない、疲れて無気力なものを表す<br>
リューティー・・・（モーツァルトに関して）陰気で悲劇的な要素、憂鬱<br>
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ホ短調の性格に関しては概して暗いものが多いようです。<br>
ただし、これらはバッハの時代に一般的であった中全音律などの不等分音律で演奏した場合に感じられる調性格です。<br>
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現在私たちが演奏している12等分平均律で演奏すると、すべての調が同じ音階構造を持つのであらゆる調が同じ性格＝調性格が存在しません。<br>
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イ短調に移調した「バッハ平均律クラヴィーア曲集」<br>
<a target="_blank" href="http://blog.livedoor.jp/equal_shiki">イコール式</a><br>
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今度は「バッハ平均律クラヴィーア曲集」の中のホ短調を見てみましょう。<br>
http://ml.naxos.jp/default.asp<br>
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第１巻ホ短調は物悲しいアリオーソ風の装飾的な旋律からプレストの嵐に進んで気分をがらりと変えるプレリュード。続く２声フーガは転調主題が休み無く動き続ける多少荒々しい感じのものです。<br>
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第２巻ホ短調は甘い感傷を漂わせたイタリア風のクーラントに続いて熱烈で多彩、エネルギッシュな純器楽曲風のフーガです。<br>
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「バッハ平均律クラヴィーア曲集」の中のホ短調は調性格論者が言う暗く憂鬱なものが１巻のプレリュードに見られる程度です。ここではホ短調に一定の調性格が感じられません。<br>
バッハは「すべての長３度を純正より広く取って」12等分平均律に限りなく近い音律を自ら作って演奏しました。そこにはもはや調性格と言うほどの差異は残っていなかったものと想像できます。<br>
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